これは西南戦争に従軍応募し無事生還した人に慰労金を与えるとの証書である。縦21.4㎝・横27.9㎝の和紙に木版印刷されたもので、個人情報と月日は毛筆で追記している。
本文は次の通り。
元二等巡査心得
福 島 縣
關根多利五郎
曩ニ西南騒擾ノ際ニ方リ能ク報國ノ義務ヲ辯シ速ニ應募出京引續従軍候段
奇特ノ事ニ候依テ為慰勞金貳拾圓下賜候事
但慰勞金ノ儀ハ歸郷ノ上縣廳ヨリ可下渡事
明治十年十一月十二日
警視局
警視局の字が巨大で、暗に権威の大きさを匂わせているかのようである。
佐倉桜香氏によると、西南戦争時の政府による募兵は一般の陸軍部隊と警察部隊に分かれていた。後者は2月下旬から開始した巡査第一号召募では、東北4県の士族を対象に3,800人が集められ警視徴募隊を編成している。さらに4月上旬開始の第二号召募では関東・東北諸県の士族を対象にした結果、10,833人の応募者があり彼らを新撰旅団に編成した。新撰旅団には福島県出身者が720人いた(佐倉桜香2020「新訂征西戦記稿別冊「西南戦役における募兵―壮兵召募と巡査召募―」)。
本資料の関根氏が警視徴募隊あるいは新撰旅団のどちらに属したかは分からない。