satsumareb’s diary

これは高橋信武が書いています。

賀状

何年も前から年賀状を出していません。今年度も出さないつもりです。悪しからずご了承ください。昔は何通来たとか言って喜んでいたのですが。 というわけで、皆様の新年がいい年でありますように!

臼杵市大迫山(諏訪山)の官軍胸壁跡

はじめに (1月9日、末尾に加筆しました) 2021.12.第二週は戦跡を歩いたのでいい運動になりました。第三旅団安満隊の続きも気になるけど、それは後回しにして最近の出来事を報告しつつ関連することを検討します。(※絵に手を入れるように少しずつ輪郭が明確…

桐野利秋の池上(いけのうえ)四郎宛書状

先日、桐野利秋が池上四郎に宛てて書いた書状を入手したので紹介します。とても読みづらい字で書かれており、早速いつもながら大津祐司さんのお力をお借りしようと大分県立先哲史料館に持参しました。三重野誠さんと松尾大輝さんも加わり検討していただき、…

wordの調子が悪くて、気分が乗りません。せっかく書いたのも開けず、しばらく休憩!

第九聯隊第三大隊第四中隊の西南戦争 7月  ※7月1日の戦闘報告表をワードに入れたら開けず、再度ちまちま入力中です。

6月30日、両軍は川内川左岸の幸田山一帯で対峙状態となったが、それも一瞬で変転してしまう。7月1日の「戰記稿」第二旅團を掲げる。解説を加えつつ分断して進める。 七月一日第二旅團ハ午前五時右翼軍先鋒諸隊一ハ二渡村前面山上ヨリ一ハ廣田村ヨ リ並ヒ進テ…

草木藪(くさきやぶ)・杉ヶ越 ※今回紹介する一帯に安易な気持ちで出かけないでください。迷うと危険です。

久し振りに台場跡探しに行ったので写真を投稿します。佐伯市宇目の戦跡です。石灰岩・赤いチャート・砂岩のような堆積岩が山砂利のように混じり、踏むと足元が流れる登りにくい山でした。写真の左端が杉ケ越。草木藪では杉ケ越に通じる大分県側のトンネルの…

第九聯隊第三大隊第四中隊の西南戦争 6月の2 ※末尾に30日に薩肥軍が川内川流域から退却後に守りを付けた高田について書き加えました。

「C0908479800「明治十年自五月至七月 戦闘報告表 第三旅団」0319・0320 第三旅團歩兵第十一聯隊第三大隊第貳中隊長 陸軍大尉栗栖毅太郎㊞ 戦闘月日:六月廿日 戦闘地名:古志山 戦闘ノ次第概畧:午前第二時半出水村山上ノ哨處ヲ發シトカメ岡右方賊塁ノ正面ニ…

第九聯隊第三大隊第四中隊の西南戦争 6月の1 ※別働第二の高熊山攻撃加筆。

5月25日以来戦闘記録のなかった第三旅団だが、6月1日には薩軍の状態を探るため久木野へ向け一分隊を偵察に出し、さらに大関山の敵状を観察しようと試しに砲撃した。 C09084893800「第二号 自五月至六月來翰綴 第三旅團参謀部」0368 第七百七十五号 今朝第七…

第九聯隊第三大隊第四中隊の西南戦争 5月 ※少しずつ筆を加えて絵を完成させていく感じです。片隅から描くことができないので。

5月5日、第三旅団は直前に第四旅団の一部を吸収合併していたが、その26個中隊は本拠を馬見原(厚東中佐)に置き、新町(古田少佐)・高森町(大島少佐)・上色見村(坂本大尉)・黒川村と大津町と下市村と村山村(友田少佐)・下色見村(川村少佐)に部署を…

第九聯隊第三大隊第四中隊の西南戦争 4月 

4月3日、第三旅団は先日攻撃に失敗した鳥巣をまた攻撃する計画を作成した。 第三旅團ハ有泉村ヨリ鳥栖村ニ進入ノ目的ヲ達スルヲ得サルヲ以テ四月三日参謀佐 尉官ヲ各所ニ派遣シ攻擊ノ方略ヲ考按セシムルニ先ツ鳥栖村ノ本道北田島村ノ臺地 ヲ占領シ此處ヨリ正…

第九聯隊第三大隊第四中隊の西南戦争 2月・3月 ※少しずつ追加します。

はじめに 西南戦争時に編成された第三旅団の一部隊、第九聯隊第三大隊第四中隊の行動を跡付けてみたい。可愛岳の周辺で戦跡踏査を何度か行ったことがあるが、この部隊はその戦場に登場しており、そこに至るまでとその後の部隊の足跡を見ておきたくなった。 …

次回はある中隊の動向を追いかけてみようと思います。

上記はもう少し先延ばし。今は第七聯隊の追加作業中です。以前の投稿にも思いついたら追加修正しているので、御注意!

第七聯隊第一大隊西南戦記綴(6月)

六月一日天晴ル大哨兵第二中隊第三中隊ヲシテ交代ナサシメ第一中隊第四中隊ヲシテ援隊タラシム 六月二日天晴大哨兵第一中隊第四中隊ヲシテ交代ナサシメ第二中隊第三中隊ヲシテ援隊タラシム先キニ在東京将校ヨリ慰労ト乄送ラルヽ處ノ酒肴ヲ分チ各中隊ニ配與シ…

第七聯隊第一大隊西南戦記綴(5月)

(戦記は5月4日から月日を本文の頭に書くように変更になっており、転写の間違いではありません。少しずつ説明を加えていきます。印刷の場合、印刷してしまえば補正できないが、この場合は何度でも訂正・追加できるのがいい、という考えでやっています。) 五…

レーム水白粉

字ばかり見てると眼に悪いので、ガラス瓶を公開します。おしろいの箱です。きれいな箱なので買っておいたものです。封が上下にあって未開封です。折角だからこのままにしています。 「ひとめぼれレトロ日記」というブログを見たら、これについて詳しく書いて…

歩兵第七聯隊第一大隊西南戦記綴(4月)

四月一日 晴ル午前第四時四十五分賊徒襲来ノ報アリ第三中隊及ヒ第四中隊ノ右小隊ヲ應援トシテ第一中隊ノ哨所善同寺ニ向ハシム中通ト云ヨリ二手ニ分レ進ミ一ハ古保里村ニ出テ一ハ直ニ善同寺ニ出ツ賊ハ第一中隊ノ左方第二大隊ノ哨所ヲ襲フ擊テ之ヲ却ク数賊ヲ斃…

歩兵第七聯隊第一大隊西南戦記綴(3月)

はじめに アジ歴にある史料を読んでみようと思う。活字化されてない史料だがペン書きの読みやすい字で書かれている。これは石川県金沢市の金沢城内にあった名古屋鎮台金沢営所の部隊の西南戦争時の戦記である。名古屋鎮台は名古屋に第六聯隊、金沢に第七聯隊…

次回からは名古屋鎮台のある大隊の戦闘日記を読み進めます。

次回から数回に分けて、アジ歴にあるC13080000200「歩兵第七聯隊第一大隊 西南戦記綴」を読んでみます。原文はインクで書かれた読みやすい記録なので、ほとんど原文は貼り付けずに活字化していこうと思います。先回りして読んでもらっても構いません。

野村忍介の和歌「命ならて外に・・」

野村忍介の掛け軸を紹介する。軸装の結果、表面に現れた本紙の大きさは縦149.7㎝、横62.3㎝である。 南洲翁を手向奉流歌 命ならて外爾手向む物无那し袖者なミた能時雨のミして 忍 (南洲翁を手向け奉る歌 命ならで 外に手向けん 物もなし 袖は涙の 時雨のみ…

私学校の石垣は移動しているのを知っていますか?

下段に載せたのは鹿児島市にある私学校跡東南部から鶴丸城跡(今の黎明館)にかけての石垣が写った作製年不明のハガキです。現状の私学校跡石垣は1955年(昭和30年)に国道10号が拡幅された際に西側に13m移設されたとの事。何年か前に地元の前迫亮一さんに教…

慰労金証書

これは西南戦争に従軍応募し無事生還した人に慰労金を与えるとの証書である。縦21.4㎝・横27.9㎝の和紙に木版印刷されたもので、個人情報と月日は毛筆で追記している。 本文は次の通り。 元二等巡査心得 福 島 縣 關根多利五郎 曩ニ西南騒擾ノ際ニ方リ能ク報…

野村忍介自叙傳写本について

「西南戦争之記録」第2号に全文を活字化していることを広告しときます。同書を読まない人は知らないようだから。2003年です。※何かここを「つぶやき」のように使っている気がする。そういえば以前、表作成に便利なエクセルでポスター画像を作ったことがあっ…

篠原国幹の短冊

篠原国幹の短冊を紹介する。 篠原は西南戦争の薩軍では桐野利秋と共に西郷に次ぐ立場であったが、開戦初期3月4日に熊本県玉名郡玉東町吉次峠の傍で戦死した。「薩南血涙史」からその状況を引用する。 薩の亞將篠原國幹、村田新八相謀りて曰く「須らく左右兩…

野村忍介の短冊

いくつかの短冊や掛け軸、剥がしたものを紹介していこうと思う、何回かに分けて。読めない字があったので、またしても大津祐司さんのお世話になったことをまとめて付記しておきたい。 今回は野村忍介の短冊である。 西南戦争後、懲役10年の刑を受けた野村は…

山田顕義の西南戦争中のある漢詩

はじめに 別働第二旅団司令長官山田顕義少将の西南戦争中の漢詩を紹介したい。 これは軸あるいは額から剥がしたのか裏に和紙が貼りついた状態である。本紙の大きさは縦114㎝、横63.5㎝で、朱印が三ヶ所にある。印影の大きさは上右のが縦3.9㎝・横2.1㎝、左下…

高原町から見た高千穂峰と新燃岳

数年前、噴火していた際、写真を撮って繋いで見ました。左が高千穂峰(1574m. 坂本龍馬夫妻が新婚旅行で登った山)、その右が新燃岳。

次の投稿までの隙間に飛行機の写真を 1

山梨県出身土橋健治郎の西南戦争従軍日記

西南戦争の従軍日記を入手したので紹介したい。官軍側の兵士だった人の物である。表紙には「明治拾八年 量水掛付上申及其他事實控・・・・」とあり、後半は手擦れで消えており読めない。表紙はやや厚く、本文は赤い線の罫紙を半分に折り、綴じた体裁である。…

赤松越を本道とする布告

古代の駅路以来、豊後と日向の行き来は梓山を通っていたが、1873年(明治6年)に少し東側の赤松峠を通るように変更された。その布告を紹介する。 梓山は大分県佐伯市宇目と宮崎県延岡市北川町の境界に東西方向に横たわる山脈の中央部にあり、標高は725mであ…

野村忍介宛の桐野利秋書状

最近、西南戦争中に桐野利秋が野村忍介に出したという書状を入手したので紹介する。 書状の内容 軸装され桐箱に入れられ長年経過した書状である。箱の長軸側面には古びた紙に部號:空白、筆者:桐野利秋、書畫題:書簡、と黒インクで書かれている。書状は薄…