西南戦争之記録

これは高橋信武が書いています。

友永パン

昼頃立ち寄った時の写真です。geminiに「巴水の版画のようにし、画面の外、左下に縦に「友永パン」と書き、画面内右下に「巴水筆」と書く」と指示。

よろしい。

しかし、このパン屋には店頭には女性しかいないので、「左を向いているのが店員だけど、女性にして」と指示すると

  

こうなった。実際は今風の姿で働いているけど、まあいいか。ゆうちゅうぶ「友永パン」で店の奥で製造している姿が見られました。なるほど、こうなっているのか。

今日の玖珠盆地

「巴水風の木版画にし、画面の外側左下に縦方向に「8月の玖珠盆地」と書く。画面内右下に「巴水筆」と書く。藁屋根にトタンを被せたひと群れの民家がいい雰囲気です。この前他の県に行ったのですが、大分県にはこのような前は藁ぶきだった民家が比較的多いという点に気付きました。

次がもとにした写真。

画面内にある「8月の玖珠盆地」を消せ

絵の左外側下部に「八月の玖珠盆地」と縦に書け

次の写真を材料に「「絵の外側、左下に立て方向に「万年山麓の景」と書き、画面内右下に「巴水筆」と書け」

これはよくできた。と思ったが電柱・電線が削られているので指示し直すと横長の絵を放り投げて来た。はね山全体像は教えてなかったのだが。実際のはね山はもっと右側に長い、これでは北側にある切株山じゃあないか。

 

佐伯市・延岡市場照山 ばてらさんの写真を加工

「画面左外側下部に縦方向に「馬照山」と書き、巴水風にして画面内の右下部に「巴水筆」と書く」

中央向こう側の山がバテラ山(660m)です。AIに質問したらそう読むそうです。撮影時は伐採後それほど経過していない状態でした。そこから左に進んだところの色の濃い峰は石神峠です。手前右の色濃い山は県境尾根で、右が大分県豊後水道側、左は宮崎県延岡市です。

「広重風にし、巴水筆を広重筆に変更する。」と指示。

初めの方がましな気がします。

本当は場照山(馬ではない)だったのを間違えていたのを訂正するよう指示したが変更できなかった。

熊本城未申櫓をAIで

10年前の地震の前に撮った写真を加工してみます。

それらしい人物を何人か入れているのが笑わせます。下の写真をジェミニに「巴水風にして」と指示しました。

別の角度から撮った次の写真を「巴水風にして画面左外側下部に縦方向に肥後國熊本城未申櫓と書く」と指示。

「遠景の山の鉄塔類を消す」

ところで、未申櫓は地震後どうなっているんだろうか。


豊後三国峠を人力車で通過する

ジェミニに「巴水風にして。画面内右下に巴水筆。画面左外の下に縦方向に「豊後三国峠」と書く」と指示。以前撮った写真です。

「車を馬車にして」

「馬車を人力車にして、車夫が休んでキセルで一服してるのを加えて」

「人力車と人の大きさを半分にする。ちょんまげでは無く、明治時代にする」

「人力車を小さくして人物の大きさと矛盾なくする。画面が濃すぎるので少し薄くする。」

「少し写真みたいなので版画らしくする。人物は土手に腰かけて遠くを眺めるようにする。」

「人物が大きすぎるのでもう少し小さく描く」と指示しても画面が変わらないので「人物を人力車の大きさと矛盾が無いように小さくする」。これも変化がないので「人物を消せ」と指示したら

莨の煙はそのままになっている。このままだと描いた自分が人力車を曳いてきたことになるが、これまでにします。