satsumareb’s diary

これは高橋信武が書いています。

焼き物作品1

今はやってませんが、数年間陶芸を習っていました。

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右から九州の縄文土器(約3,000+α年前)2点・中世の備前焼2点。焼く前の段階です。

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熊本城飯田丸で出土した焼き物爆弾かなというのを複製してみました(二番目の写真)。出土品の図面を添付したいのですが、報告書を閲覧できる奈良文化財研究所のネットにはあいにく飯田丸のPDFが載ってないので残念。胴部内面にトンネル状の空間が一周し、側面に通じる小穴が確か3個あったような。複製するときは先ず瓢箪のように胴部が幅狭くくびれた壺を作り、くびれ部分を帯状の粘土で覆ってつくり、後で外から穴を開けました。穴は最初の壺形の内部まで貫通するのは一ヶ所だけです。しかし、後からくっつけた帯がどうしても窪んでしまい、ふっくらした外観になりません。やむを得ず、燃えてしまうビニール紐をくびれの上から充填し、その上から粘土帯を貼り付けたら何とかなりました。報告書(出土品は破片ばっかりなので、分かりやすい)を見ると、胴部のトンネル部分内側には縄の圧痕が付いており、昔の人も自分の復元方法と同じやり方だったのでした。写真は焼く前です。

穴が3個あるのは次のように解釈しました。内部には火薬やガラス破片などを詰め、火縄で点火する仕組み。火縄の長さを穴の位置で調整し点火時間を決める。一個目の穴は火縄の端を出しておいて点火するためのもの。二個目は短い時間で点火する場合に一個目と同じ役目をするもの。三個目は最短時間で爆発させるもの。これと同じ武器は西南戦争時の記録には登場していません。今のところ、この実物が西南戦争時のものであるかや、どこで作られたかは不明です。どこか熊本県内の窯跡から破片でも見つかればと思います。

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踏査に出かけるときの格好です。日射病にならないよう余分と思うほど水を携帯し気を付けているけど、長時間になって払底すると悲惨です。